プロフィール5 混乱期

更新日:1月28日

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離婚し、夫と別れたことで、母も安定するかと思っていましたが、

それは間違いでした。

今まで夫と私の二人に向いていた母の目が、私一人に向いたのです。

私は、母を「困った人」だと思っていました。

父も、生前、よくそう言っていましたし、そういう性格なのだと。


この頃、私は、偶然、ある人と出会いました。

その人は、「本当のあなたを教えてあげるよ」と言いました。

私が、心の底から知りたかったことです。

この人は、その後、私の師匠となりました。


当時、私はうつ状態になっており、仕事を辞めていました。

食事もほとんどとれず、体重は30㎏代になっていました。

精神科の薬を大量に飲み、うつろな状態で過ごすこともありました。

心身ともに、入院の手前でした。

失業手当が終わると、当然、生活費に困り始めました。

しかし、就職しようとしても、決まりませんでした。

私の履歴書用の写真は、やせ細り、生気がなく、

目の下に真っ黒いクマがあったので、選考が通らなかったのも分かります。

不採用になったのは、30社以上でした。

不採用になるたび、母は私に皮肉を言い、追い詰めました。

「いつまで遊んでいるつもりだ!なんでもいいから働け!」

私は、遊んでいるつもりではありませんでした。

どうにもならなかった、のです。

本当に、自分の状況も、心も、目に見えないなにかにかき回されている感覚、

言い換えると、不幸な運命なんだ、と思っていました。


師匠は、「あなたの人生に起こることは、あなたに原因がある」

と言いました。

なんのことか、分かりませんでした。

どうして私が悪いの?

私が悪いから、母から責められるの?

私が悪いから、こんな状況になったの?

神様から私への罰?

私は、そんなに悪い人間なの?

こんなことを考えて、落ち込むばかりでした。

とことん落ち込みました。

そして、「こんなに辛いのに解ってくれない」と師匠に憤りました。

すると、師匠からは更に厳しいメールが返ってきました。

私は更に落ち込み、憤りました。

しかし、師匠へはその怒りを向けることができないので、

その怒りの感情は自分へ向き、「どうせこんな私だから、価値ない」という風に

どんどん自分を否定していきました。

そして、うつは慢性化しました。


しばらくして、私は仕事を得ました。

しかし、家の中では争いが絶えず、母は私をこき下ろしたり、

元夫とのことを蒸し返して、私を攻撃していました。

「あんな人と一緒になったお前が悪い。お前は最低の親不孝ものだ」

「お前の仕事は、馬鹿でもできる」

もっとひどい言葉で、もっとひどくののしることもありました。

母の暴言や暴力に耐えかねて、

早く死んでほしいと思ったこともありますし、

息子をつれて逃げたこともあります。

そんな日々が続き、

生きる意欲も、気力もなくなり、毎日死ぬことばかりを考えるようになりました。

しかし「辛かったら死んでもいい、ということを教えるわけにはいかない」と、

息子のことを思いました。

それまで、家族の悲しい姿しか見せられなかったので、

せめて、大事なことを教えたかったのです。

日々をなんとか生きながら、

どうして人生がこのようになったのか、必ず、理由があるはず。

なにか、目には見えない仕組みがあるはず。

そう思うようになっていました。


ある時、たまたま寄ったコンビニで

アメリカの精神科医ブライアン・L・ワイス博士の著書、

前世療法を知りました。

その本を買い、一気に読みました。

「今回の人生にはテーマがある。」という内容にとても惹かれました。

私は、札幌で前世療法を教えている方を探し、勉強しに行きました。

同じころ、偶然、本屋で、ある本と出会いました。

ふと目に留まり、どうしても気になったのですが、